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亡羊と遊ぶメランコリー――小説家志望・束木志埜のブログ

小説家を目指すわたくしのブログ。色々なことに関心を持ち、できる限りのことをしたく思います。小説・アニメ・漫画等々の感想や日々のこと、創作についても書いていきます。よろしくお願いします!

アニメ『幼女戦記』4話「キャンパス・ライフ」感想

アニメ・感想
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目次

 

転生のメリットをよく活かした作品

 今回は勘違い要素が多くて非常によく楽しめましたね。また、ターニャさんの一挙手一投足が、すべて空回っていて愉快ったらありゃしない! その毎回のリアクションもきゅーとですしね。わたくしはあまり幼女趣味というわけではないのですが、内面がサラリーマンだと思うと妙にクルモノがあります。中身おっさんのはずなのに、なんでしょうか、これ。普通以上に可愛く思えます。ちょっとだけ悔しくも思いますね。
 世の中にはあまり意味のない転生というのが、存外多く見受けられるのですが(ただ強大な力を主人公に付与するためだけの転生、とか)、この作品は転生部分をよく活用できていますよね。中身がリアリストのおっさんであるからこそ、幼女になったときに特有のコミカルさが生まれているのでしょう。内面と容姿とのギャップが無理なく演出できていますよね。
 転生には独自のメリットのようなモノがあります。例えば、明らかな異世界でも地の文などに「スマホ」や「新幹線」を出しても問題なくなります。それに、主人公の言動がやや現代的でも問題がなくなるわけですしね。
 他にも例えば、『幼女戦記』でも、戦争の流れがこの世界(地球)での世界大戦とよく似た流れになりつつある、ということを提示されるだけで、大体の経緯と現状、これからが把握できます。説明に多くの紙面を割かずとも、一言で多くの情報量を与えてくれているのです。この技術は凄まじいですね。
 作者としては書きやすく、読者としては解りやすくなるのでしょう。ただし、安易にこれに頼ると、陳腐が見え隠れしてしまうのですが。少なくとも、この作者さんは上手く転生を扱っていらっしゃいます。よくある設定だからこそ、手を抜いてはいけないのですね。勉強になります。
 わたくしはこれでも小説家志望ですから、そういう技術にはついつい憧れてしまいます。

 

 

帝国の戦争について

 で、戦争の話に触れたので、そちらにも触れていきたいのですが。
 結構、まだ帝国には余裕がありそうですね。もちろん、戦場には余裕なんてないでしょうけれども、大学周辺の環境はまだゆったりとしていました。
 戦火が世界に及んでいないというのが理由でしょうけれど、これだけで帝国の強大さがよく解ります。
 街中の人々は皆活気に溢れ、戦況について話していても悲しそうな雰囲気はあまり見受けられませんでした。なんと言いますか、自国の戦争だというのに、対岸の火事を観覧しているような調子でした。
 これは国のプロパガンダが上手く行っている証拠であり、二話のCパートでの苦労が報われた形でもあるのでしょう。戦争はこれが怖いですよね、プロパガンダ。国民さんは何が正しくて、何が違うのかが全然解りませんから。そういえば、冒頭のラジオもそういう意味なのでしょうか。

 そういえば、後半の大戦へと発展する経緯、が中々難しかったですよね。
 あれはちょっと解り辛い(軍人の会話でしたから、特有の言葉遣いと流れがありました)部分がありましたよね。
 簡単に説明すると、「この戦争で帝国が勝ったら、帝国が最強になっちゃう。そうなると、周りの国は帝国に従うしかなくなるから、そうなる前に全員止めに来ますよ」という感じです。本当はもっと深いのでしょうけれど、一旦はこれくらいの理解で問題ないと思います。
 というか、本当に世界大戦と似たような感じですよね。ともなると、この戦争の行く末も自ずと判明してくる訳ですが……戦争は強力な個では覆せない、ということでしょうか。
 ただ、そうなってくると、存在Xさんが奇跡をターニャさんに与えた意味が薄れてくるように思われるのです。奇跡を出現させることにより、多くの人間に信仰を持たせることが目的だと思っておりました。が、もしかして、この信仰を持たせたい相手って多数の人間ではなく、ターニャさんに的が絞られているのでしょうか。

 だとすると、ターニャさんって存在Xさんの中でかなり大きい存在なのですね。
 まあ、しかし、ある意味において、奇跡を活用しないというのは、存在Xに対する一矢に値するかもしれません。これからターニャさんがどのようにして存在Xと対峙していくのかが楽しみですね。

 今のところ、勝ち目はまったくないように見えますが、どのように話が展開していくのでしょうか。

 

話し合いについて

 幼女が偉い方に「大戦に発展するかと確信します」なんて言い切ったら驚きますよね。それに対して、ゼートゥーアさんは普通に話を聞き入れ、それを実行するという手腕の持ち主です。あのような子どもの言葉を戯言と受けず、ちゃんと事実から類推して決断していました。ゼートゥーアさんの有能さが際立ちます。
 ただし、本当に彼らは世界大戦に発展する未来が見えていなかったのでしょうかね。やはり、偉い人はある程度察していたのではないでしょうか。
 話の途中、ターニャさんは「共通認識を確立しながらの知的な対話」と仰っていましたが、おそらくカットの影響でゼートゥーアさんが「面白い」くらいしか言っていなかったので、あまり知的な対話という風には見えませんでしたね。そこはちょっと残念でした。
 ただし、ターニャさんの空回りという部分に注目してみると、ここも面白いポイントに変わる気がします。
 あと、その後の失言に対するリアクションも良かったですね。というか、あそこはゼートゥーアさんがわざと意地悪にしたのでしょうね。そこはなんとなく、知的な会話感が出ていて好きです。
 で、それを取り返すためにターニャさんが、気付かぬうちにまた失言を繰り返している部分も良かったですね。わたくしたち視聴者たちは「ああ、拙いよ。前線送りレベルにやばいよ」と解るのに、彼女はその場を上手く凌ぐために必死で気付いていません。
 彼女は1話の時点で、自身が天才ではないと仰っていましたが、こういうところにそこが現れていると言えますね。

 

おわりに

 今回から感想の書き方を変えたく思います。なんとなく、わたくしには合わないかな、と感じたからです。まだまだ始まって間もないブログですので、多々の試行錯誤があることは申し訳なく思っております。そこに罪悪感はあるものの、まあ、現状はあまり見ている方がいらっしゃらないので、自由にしようかな、と。
 あまりわたくし、感想を述べるのが得意でないと判明してきました。なにぶん不慣れですので、これからもしばらく醜態を晒すことになるかと思われますが、いずれは慣れ、良い文章を書けることを目指して精進します。
 そのためには、悪文を生むことを恐れず、果敢に挑み経験を積む必要があります。ですから、これからもめげずに頑張っていきたいですね。

 ただ、やはり上手い感じにできません。会話で語ることはよくできても、文章でこれを書くのは本当に至難を極めます。今までやったことがなかったので、わたくしがこういう部分に苦手を持っていると気付きませんでした。これは良い発見!


 では、さようなら。

 

 

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